とあるホウエン地方とかいうところのミシロタウンっぽい場所の真ん中辺りに、オダマキ研究所らしき建物がありましたとさ。
その近くにある、なんの変哲もない建物の2階かもしれない小さな部屋に、かつてチャンピオンだったというウワサの、生物学上は多分男が住んでおりました。
名前はサファイアだったような気がします。
昔は伝説のポケモンと戦って神童とあがめられた彼も、今はミシロにこもってニート生活を送っているのでした。
ニートというのは[Not in Education, Employment or Training]の略で、要するにいい年して親のスネをかじっている××野郎というわけです。まる。
「却下じゃーッ!!」
自宅の2階でこんなものを見せられたサファイアは、えいやっとクリップもついていない紙の束を天井に向かって放り投げた。
そのうちの1枚がひらひらと落ちてきてクッションの上で丸くなっていたぬまうおポケモン、ミズゴロウの粘膜に貼りついて止まる。
表紙でもあったその紙には『かつての伝説~ホウエンチャンピョンのその後~』というタイトルが印刷されていた。
「えぇっ、ダメ?」
金髪の女の子は心外だとばかりに眉を潜めると、床に散らばった原稿用紙を拾い集める。
「当たり前じゃ! マリとダイの紹介やからインタビュー受けたのに、なんやこの記事!?」
チャレンジャーという名目のストーカーがちょいちょい来るから出来るだけ個人情報は伏せてくれと言ったのにこのありさま。
大げさに持ち上げる必要はないと言ったけどここまで落とせとは言っていない。 ていうか、親のスネかじりってなんだ。 実家こそ出ていないが、サファイアだって一応少しずつは家に金を入れられるくらいにはなっている。
サファイアが憤慨していると、ベッドの上から伸びてきた細い腕が、もごもごしているミズゴロウの頭から紙をはがし、女の子へと手渡した。
「とりあえず、ホウエンチャンピ‘ョ’ンじゃなくて、チャンピ‘オ’ン……かな。」
「そっか! あたしってばいけない子!
記者たるもの誤字脱字が起こらぬよう、常に知識を頭の中に貯金せよ、だよね!
ありがとうルビーさん! あたし記者として1歩前進出来た気がするよ!」
それじゃ!、と、紙の束を受け取り終わった女の子は走り去ってしまった。
訂正する暇もなく嵐のような騒ぎの元が去った室内の中、サファイアの手が舞い上がったホコリをかき混ぜる。
呆然と開きっぱなしの扉に目を向けると、サファイアは視線を自分のベッドの上で携帯ゲームをしていたルビーへと移動させた。
「行っちゃったねえ。」
ちなみに携帯ゲームといっても電子ゲームの類ではなく、プラスチックで出来た15パズルだ。 それすらもルビーは苦戦している。
「……せやな。」
サファイアはおざなりな反応を示したルビーに合わせることにした。 いくらなんでもあの出来じゃ、世に出回る前にマリとダイが止めるだろう。
なんでも屋サファイア、本日の営業は終了。 報酬は焼肉1回分。
「……そういやあの子、ルビーのことは何も聞かんかったな?」
インタビューの間、ずっと部屋でゲームしてたのに。
一応彼女も、ついでに弟のエメラルドも、チャンピオンだったはずなのだが。
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