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多忙のため、仮設定です。
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    13話「オタマロさん再び!」


    青い草の伸びる道をいくらか行くと、小高い丘と点々と続く広い水たまりが視界いっぱいに広がっていた。
    丘の上には何度も削られた痕の残る『試しの岩』が、振り返れば生い茂った木々の葉で先も見えぬ『ヤグルマの森』が、曲がり角の先まで延々と伸びている。
    キョロキョロと辺りを見渡し野生のポケモンがいないことを確認すると、トウヤは「はぁ~」と深くため息をつき、その場に腰を下ろした。
    「あー、疲れた。」
    戦ったり逃げたりにつき合わされ続けたミジュマルとミルホッグもため息をつく。
    『試しの岩』の近くにいい格闘ポケモンがいると聞いて、朝から1日かけてやってきたはいいが、道中野生のポケモンに襲われまくり。
    その都度、戦ったり逃げたりしてなんとか凌いできたが、目的の格闘ポケモンはいないし、トウコの言うとおりさすがに2匹では限界だ。
    ぐったりとした様子でトウヤがミジュマルとミネズミに食べ損なった昼食を与えると、ミルホッグの毛並みがチカチカと点滅した。
    トウヤはまだ気付いていない。 その点滅こそミルホッグの特性『はっこう』。
    光の加減により引き寄せられたポケモンたちによって、通常の2倍以上の遭遇を強いられていることに。




    「トウコちゃんによると! ポケモンはこーゆー草が生い茂った場所に隠れていることが多いらしい。」
    ホタチをぶんぶん振り回しながら後をついてくるミジュマルに話しながら、トウヤは青く茂った草むらをかきわけた。
    「それで、ポケモンも警戒するから特に珍しいポケモンはこっちが音を立てると逃げてっちゃうんだって。
     だから珍しいポケモンを探すときには、1度全然関係ないようなフリをして、向こうが動き出すのを待ってから……」
    しゃがみこんで気配を殺して、トウヤは辺りの気配を探る。
    どこからか、小気味いいカタン、カタン、という音が響いてきた。 これは聞いていた格闘ポケモンかも、と、トウヤは期待する。
    耳を澄ませると、息を落ち着かせ音のする方向へと走り出す。
    「飛び込む!」
    ガサガサと揺れる草むらに飛び込むと、ホタチを振り上げたミジュマルと一緒にトウヤは固まった。

    「だげ」
    「なげ」

    そこでは1羽の鶴……ではなく、青と赤の人の形をした2匹のポケモンが、自分の羽……でもなく、そこらの草を引っこ抜いて布らしきものを織っていた。
    トウヤの存在に気付くと青いポケモンは顔を赤くして、赤いポケモンは顔を青くして、胸と股間を隠す。
    どうやらすっぽんぽんということらしい。
    「あー……えっと……」
    「だげ」
    「なげ」
    見られてしまったからには、もうおじいさんとおばあさんのもとにはいられません……なんて展開になるわけもない。
    取り急ぎ足元に転がっていた葉っぱで身体を隠すと、青いポケモンと赤いポケモンはトウヤに怒りの表情を向けた。
    「えっと……」
    どう見ても話し合いが通じそうな様子じゃない。 というか、どう考えてもこの状況では自分がセクハラオヤジだ。
    トウヤはホタチを振り回すミジュマルをモンスターボールの中に戻すと、わき目も振らず逃げ出した。
    「ご、ごめんなさいっ!!」
    「だげー!」
    「なげー!」
    向こうもすっぽんぽんのまましつこく追ってくることはしなかったが、トウヤにとってはそれは問題じゃなかった。
    見てはいけないものを見てしまった罪悪感。 訳も分からぬまま全力疾走。
    足元も見ず走ったものだから、トウヤは思い切りけつまずき、こけ転がった。
    鼻をすりむき、顔を押さえる。 起き上がろうと小さくうめくと、頭の上から「マロマロマロマロ」と聞き覚えのある鳴き声が耳の中に入ってきた。


    顔を上げると、先日Nが使っていたオタマジャクシがトウヤのことを見下ろし、マロマロ声をあげていた。
    起き上がるとオタマジャクシは泥のついたトウヤの顔にぴゅーっと水をかける。
    「あ、ありがとう……」
    「まーろまろまろまろまろ!」
    泥のついた顔をゴシゴシと拭うと、トウヤは訳もわからず走ってきてしまった現在地を確かめる。
    ……と、いっても、森の中でそうそう景色が変わりばえするわけもない。 目の前のオタマジャクシのように困ったハの字眉毛で考え込むと、トウヤはふと、目の前にいる3匹のポケモンに視線を向けた。
    「オタマロ、マメパト……ドッコラー!?」
    博物館の前で会ったNのポケモンと同じ顔ぶれ。 トウヤは慌てて立ち上がるとミジュマルのモンスターボールを手に取る。
    しかし、思いのほかのんびりとした空気に出した手を引っ込めた。
    クルルル、と、マメパトが穏やかな鳴き声をあげると、ゆるんだ緊張の糸はもう元には戻らなさそうだ。

    「な、なにしてるの、ここで……? Nは?」
    「まーろまろまろまろまろまろ!」
    聞くだけムダだった、と、トウヤはちょっと後悔した。 このマロマロ星人、切れ間なくマロマロいうだけで意思の疎通など図りようもない。
    仕方なく耳を澄ましてみるが、近くにポケモンの気配はすれど、人間の気配など微塵も感じない。
    眉を潜め、なんとかこの状況を把握しようとトウヤが頭を悩ませていると、マロマロマロ、というオタマロの合図を期に、寄り集まっていたポケモンたちが全員バラバラの方向に歩き出した。
    「クルルルル……」
    「コララー」
    「え……え、え?」
    言葉は分からずとも、状況が「じゃあ解散!」ということぐらいは理解する。
    止める間もなくマメパトは空に飛び立ち、ドッコラーは草の向こうへ。
    残されたオタマロを見て、トウヤは小さくため息のようなものを吐いた。 一体全体この状況、どうしたらいいというのか。





    「トウコちゃんが言っていた! ポケモンはこーゆー草が生い茂った場所に隠れてるって!」
    「……知ってるよ、ベル。」
    握りこぶしにぎゅっと力を入れて声をあげたベルの言葉を、チェレンは疲れがちな低めの声であしらう。
    高い木々が立ち並ぶヤグルマの森を見上げ、ベルは「おお~」と感動っぽい声をあげた。
    なにしろこんな遠くまでくるのは初めての経験。 街と道路続きだった今までの道のりからすれば、景色の変わるここに入ることは、ベルにとってはちょっとした冒険だ。
    「すごいねー、高いねー、暗いねー、広いねー!
     格闘ポケモンってこんなとこにいるんだね、森の中だとポケモンも強くなったりするのかなあ?」
    「……ベル。」
    「よおし!」と意気込み、ベルはポカブの入ったモンスターボールを握り締める。
    チェレンの話も聞かず、ベルはそこらの虫ポケモンに勝手に勝負を挑み始めていた。
    何度か呼んではみるが、彼女も聞く耳を持たない。
    衣がコゲて逃げ出したクルミルを物足りなそうに見送るベルに再度呼びかけると、ようやく「なに?」という返答が返ってきた。 ちなみにこれで15回目だ。

    「……言いにくいけど、この森に格闘ポケモンはいないよ。」
    やっと言えた、とチェレンは深くため息をついた。
    一瞬目が点になったベルは自分のポケモン図鑑をぐちゃぐちゃのカバンの中から引っ張り出すと、電源をつけることもせずにチェレンにつめかかる。
    「でもでも、ポケモンセンターのお姉さんが格闘ポケモンを探すならヤグルマの森ですよって言ってたよ!」
    「……それは外部の『試しの岩』。 ここは、虫や草ポケモンの集まる奥地だよ。」
    あからさまにがっかりした顔をしたベルに、チェレンの胸が少し痛んだ。
    出発前から何度も言っているにも関わらず、ついてきてしまったベルもベルなのだが。
    でも、と、ベルは前置きすると、チェレンに向かってちょっと攻撃的な表情を向ける。
    「だったら、チェレンはどうしてこっちにポケモン捕まえにきたの? 格闘ポケモンいないんでしょ?」
    「……相手がノーマルだからといって、一時しのぎに格闘タイプを捕まえるんじゃ芸がないと思ってね。
     もっと継続的に使えるポケモン……ツタージャのタイプ相性を補えるヒヤップを捕まえにきたんだ。」
    「ヒヤップって……ジムリーダーのコーンさんが使ってた、あの……?」
    肯定の返事をすると、チェレンは自分のポケモン図鑑を開きページを呼び出した。
    「……この森にいるらしいからね。 シッポウのジムリーダーに挑む前に捕まえておこうと思って。」
    そう出発前に説明したはずだったが、やはり聞いていなかったらしい。
    しきりに感心した様子でうんうんとうなずくと、ベルは片方の手でバッグの肩ヒモを握り締めて、もう片方の手をビシッ!とチェレンに突きつけた。
    「それじゃ、あたしもバオップ探す! どっちが先に捕まえるか勝負よ、チェレン!」


    言葉を挟む隙も与えず走り出したベルを、チェレンはあんぐりと開いた口で見送った。
    少ししてから意識を取り戻し、片足をトントンと揺らして考え込む。
    どくけし……は、大丈夫なはずだ。 昨日必要以上に購入しているのをチェレンは見ている。
    迷子……は、なるかもしれないが、そこまで手を加えるというのは野暮というものだろう。 ベルは天然だが方向音痴ではない。 タウンマップもあるんだから帰ってはこられるはずだ。
    結論。 今は自分のことに集中すべきだろう。 頭の後ろをかくとチェレンは森の中をゆっくり歩き出す。

    …… ……。

    「チェレンってイシバシを叩いて殴るって感じだよな~。」
    ……思えば、1年と少し前、本を読んでいた自分にそう切り出したのはトウコだった。
    唐突に告げられた謎の診断に、チェレンの口は『~』の形になる。
    「……“石橋を叩いて渡る”じゃなくて?」
    「そーそー、それそれ! メッチャクチャ慎重で人の話ばっかしてんの!」
    トウコの足元でゾロアがイシシッと笑う。
    草むらで倒れていたこのポケモンを見つけたときも、チェレンは1歩離れたところで他の子供たちの様子を伺っていた。
    反論も出来ず、チェレンはメガネのツルに触れる。
    「チェレンらしいっちゃらしいけど、時々、掴めるチャンスまで逃すんじゃないかって心配になるんだよなー、トウコお姉さんは。」
    お、と何かに気付いたように手を叩くと、トウコはチェレンに人差し指を向けた。
    「チェレンだけに?」
    「……何のシャレにもなってないよ、トウコ。」


    「うわっ!?」
    頭の上を大きな羽音とともに風が通り過ぎて、チェレンは思わず悲鳴じみた声をあげた。
    見上げると、少し離れたところでこんな森の奥にいるはずのないマメパトがこちらを振り返り首をかしげている。
    ポケモン図鑑を取り出そうとしたが、首を振って自分で自分を否定するとチェレンはホルダーからモンスターボールを引きちぎる。
    「タブンネ!!」
    「ぶーねっ!」
    飛び上がったピンクのポケモンが、マメパトのとまる枝を根元から揺さぶった。
    突然のことに慌てたマメパトが「くー!」と鳴き声をあげて羽をばたつかせる。
    「『おうふくビンタ』だ!!」
    逃すまいとがっちりと足を踏み込むと、タブンネは枝を蹴って飛び上がり、往復どころか真上からの一撃でマメパトを叩き落した。
    草の上に落ちたマメパトを少し気の毒に思いながらも、チェレンはバッグからヒールボールを取り出す。 既に体力は削れている、使うのはこれで充分だ。

    「……ふっ!」
    ほとんど声もあげずにチェレンがボールを投げると、マメパトは明るい色のモンスターボールの中に吸い込まれた。
    チェレンはポケモン図鑑を使い、マメパトの状態を確かめる。
    着地したタブンネがよちよちと近づいてくると、チェレンは顔を上げ、そのふんわりした頭をなでた。
    「……ありがとう、タブンネ。」
    「ぶンね~」
    嬉しそうに目を細めると、タブンネはチェレンから渡されたオレンの実を少しだけかじる。
    チェレンはマメパトの覚えている技、ポテンシャルなどを一通り確認すると、ふと気付いたように顔を上げてタブンネの方へと視線を向けた。
    「……タブンネ、1つ思いついたことがあるんだけど。」
    「ぶねっ!」
    「いや、バトルのことじゃなくて。」
    シュッシュとシャドーボクシングを始めたタブンネに向かってチェレンは突っ込みをいれる。
    「……キミのその聴力を使って、ヒヤップを探すことは出来ないか?
     僕としても、ゲットは早めに終わらせて、早くキミたちのレベル上げを始めたいからね。」
    「ぶね!」
    敬礼もどきの所作をすると(しかしタブンネは手が短く頭まで届かなかった)、タブンネは目を閉じ耳を澄ませ、ヤグルマの森一帯の気配を探る。
    ぴん、と耳の触覚が伸びると、タブンネは北の方を睨み、走り出した。
    口元に笑みを浮かべながら、チェレンもその後を追う。





    「こちらの骨格は、ドラゴンタイプのポケモンですね。
     おそらく世界各地を飛び回っているうちになんらかの事故にあって、そのまま化石になったようです。
     この石はすごいですよ、いん石なんですよ!
     なにかしらの宇宙エネルギーを秘めています! まあ、正体が分からないから「なにかしら」としか言えないんですけどね!
     こちらの石は砂漠で見つかったのですが、古いこと以外には価値がなさそうなものでして……
     ……まあ、いいですよね! キレイですし! ここ博物館ですし! たまにはこんなものがあっても!」
    シッポウ博物館副館長キダチの説明を受ける間、トウヤはずっと無言だった。
    頭の上がじっとりと重い。 絶え間なく耳元でまろまろ言われ続け、段々と頭も痛くなってきた。
    「まーろまろまろまろまろまろまろ!」
    「あの……助けてください。」
    「トウヤ君、実に個性的なポケモンを捕まえてきたねえ、ママとの勝負が楽しみだよ!
     それでね、こっちが昔ある地方でお祭りが開かれるときに人々がつけていたという仮面、そっちが……」
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    12話「ミネズミがチェイス」


    「んで、まだミネズミ連れてたのか、オマエ。」
    ガードレールの上にあぐらをかきながら、トウコは眠そうな目をしてミネズミを抱えるトウヤにそう切り出した。
    買い食いしたジュースのストローから口を離し、トウコの方に視線を向けると、トウヤは一心不乱にポフィンを貪り食うミネズミの頭を撫でる。
    「んと、サンヨウシティで1度は逃そうと思ったんだけど、なんかよく分からないけど戻ってきちゃって……
     手持ちがミジュマル1匹っていうのも寂しかったし、とりあえず連れてこうかな~と。」
    「……トウヤ、そのミネズミに『いあいぎり』覚えさせたろ。」
    「なんで知ってるの?」
    ボリボリと頭をかきながら、トウコはトウヤから視線をそらす。
    理由はわかったが、それを話すというのはあまりに夢のない話だ。
    「……まぁ、寂しいっつうなら、新しいポケモン捕まえに行けばいいんじゃね?
     この近くの『ヤグルマの森』には珍しいポケモンがゴロゴロしてんぞ。」
    ゴロゴロしてたらそれはもう珍しくないんじゃないかと思ったが、トウヤはそれを口に出すのは止めておいた。
    作戦に乗りたい気持ちはあったが、今はまだ傷も痛む。
    うーんと声に出して考えると、トウヤはコップの氷をじゃらじゃらと鳴らし、イスにしていたブロックから立ち上がる。

    「明日考えるよ。 捕まえるにしてもバトルは必要になるし、あんまりミジュマルたちに無理もさせられない。」
    「うん。 オマエがそう思うなら、それでいい。」
    頬杖つく腕を組み替えると、トウコはガードレールから飛び降り、空に向かって両腕を伸ばした。
    「じゃあ、今日は目一杯遊ぶかぁ!」
    「……うん!」
    「うん?」
    眉を潜めると、トウコはトウヤの帽子のツバに額をくっつける。
    「……変だな? アタシの知ってるトウヤは、こういうとき「ムリムリムリ!」って話も聞かず逃げ出してたんだが。」
    「や、やだなぁ、トウコちゃん……」
    トウヤはトウコから逃げるように後ずさると、帽子のツバを強く引いて視線を宙に浮かす。
    「ホラ、いくらトウコちゃんだって、初めて来るような街で命懸けて遊ぶようなことはしないと思うし……」
    「ほーう?」
    「1回ここに来ているトウコちゃんだったら、この街の面白い場所も知ってるかもしれないなー……と、思って……」
    ヤブをつついてハブネーク。
    危なくないよね……?と、念を押すが、答えがないのは分かりきっていた。
    服の襟首をわしづかみにされ、トウヤの身体が宙に舞う。
    「なら、まずはカフェソーコ(の屋上)だ!!」
    「ぎゃああぁぁ!?」
    悲鳴をあげながら空に振り回されるトウヤの姿は、街の人にも滑稽に映った。
    「助けて、ミネズミィ!!」
    おいてけぼりにされたミネズミが必死でトウヤを追いかける。
    その声に近くを観光していたベルとチェレンも何事かと振り返った。



    「いやぁ、絶景かな絶景かな! こっからだと街のアトリエが一望できんだぜ!」
    「無理ィ! 景色楽しむ余裕とかないから!!」
    煙突のレンガにしがみついて、トウヤはこれでもかというほど奇声をあげる。
    カフェの周りには人だかりが出来ていた。
    恐ろしいやら恥かしいやらで、トウヤの手がじっとりと汗ばむ。
    「……何やってるんだ、あいつ?」
    見上げるチェレンの隣で、ベルが目を細める。
    チィチィいいながら追いかけてきたミネズミを見下ろすと、トウコは長いポニーテールを風に揺らし、口元を緩ませ白い歯を見せた。
    「……おーおー、頑張るねぇ。」
    トウヤの首根っこを掴んで飛び降りると、トウコは飛び掛かってきたミネズミの攻撃を軽くいなす。
    勢い余ってゴミ箱に突っ込み、後ろ足と尻尾とお尻でジタバタするミネズミに、トウコは高らかに笑い声をあげた。
    「弱いなー、オマエ! トウヤのポケモンのクセしてヨワッヨワだ!」
    「トウコちゃん!」
    ゴミ箱から頭を抜き取り、ミネズミは再びトウコに向かって突進する。
    後ろの観衆をチラリと見やると、トウコは直進するミネズミの腹を蹴り上げ、首の後ろを掴まえた。
    手の内で暴れるミネズミに笑みを向けると、トウコはそれを屋根の上に放り投げる。
    キーキー騒ぐミネズミをよそに、トウコはトウヤを(無理矢理)連れてレンガの倉庫街へと歩き出す。
    目の前を通過されてもチェレンもベルもリアクションをとることも出来なかった。
    へっぴり腰で降りてきたミネズミだけが、トウコとトウヤを追いかける。



    街の真ん中にある博物館の前まで来ると、トウヤはようやく一息つくことが許された。
    街中の時計が正午を告げ陽気に歌いだすが、正直まだ1日が終わらないのかというほどぐったりだ。
    「と、まあ、シッポウシティは大体こんな感じだな! わかったか、トウヤ?」
    「全然。」
    歩道の真ん中にしゃがみこんでトウヤは低い声を出す。
    「ンだよ、チョッパヤで案内してやったっつーのに。」
    「そんなこといったって、カフェは静かにコーヒー飲むところ!
     ショップは行儀よく買い物をするところ!
     アトリエはおとなしく芸術観賞するところだよ、トウコちゃん!」
    泣きそうな顔をして決死の覚悟で叫んだ言葉に、トウコの目が瞬く。
    顔を赤くして鼻に力を入れるトウヤをじっと見つめると、トウコはふとうつむきがちに笑ってトウヤの眉間に人差し指を向けた。

    「なら、この後そうすりゃいい。 『今日』はまだ半分残ってんだからな。」
    「でも、ミネズミと離れちゃったし、急いで探さないと……」
    「問題ない。」
    トウコは通りの向こうに視線を向け、クスリと小さく笑った。
    人の間をすり抜けながら必死でこちらへと向かってくるポケモンを見て、トウヤは目を丸くする。
    「好きな人のためなら、どんなヤツだって一生懸命になれるもんさ。」
    胸に飛び込んできたミネズミが一回り大きくなっていてトウヤは戸惑った。
    カバンからポケモン図鑑を取り出し、ミネズミらしきポケモンへと向ける。
    けいかいポケモンミルホッグ、ポケモン図鑑にはそう表示された。 オロオロとポケモンを抱いたままトウコへと視線を向けると、腕組みした体勢のまま彼女はちょっと鼻息を鳴らしてみせた。
    「進化したんだよ。 聞いたことあんだろ?」
    「あの、強くなって姿かたちが変わるっていう、あの……?」
    『あの』を2回言ったトウヤに対し、トウコは「うん」と返事をする。
    ミルホッグの首の辺りをまさぐって、トウヤはぱちくり目を瞬かせた。
    「あ、本当だ。 ボクのミネズミ。」
    「なんだよ、自分の名前でも書いてたのか?」
    「うん、ミネズミに持たせた『カゴのみ』にね。」
    「書くな。」
    頭を叩かれ、「あいた」とトウヤは声をあげる。
    呆れがちに肩をすくめると、トウコはトウヤに背中を向けた。 トウヤが顔を上げると、いつも見ていた背中がなんだか以前より細くなったように見える。
    「ま、そーゆー訳だ!
     先に進むんだったら強くなるに越したこたーねぇ! ミジュマルもしっかり鍛えとけよ!
     アタシ、もう先に行くから!」
    「まっ……!」
    開きかけた拳をぎゅっと握りなおすと、トウヤは自分の手を見つめ、トウコへと作り笑顔を見せた。
    「あ、えっと……トウコちゃん、追いついたら、また会おう!」
    「おう!」
    元気にガッツポーズを作ってトウコはヤグルマの森の方向へと歩き出した。
    手を振る代わりに、トウヤは『?』な顔をしたミルホッグをぎゅっと抱きしめる。
    小さくうなずき、トウヤはミルホッグから手を離して立ち上がった。 その目には、小さな炎が宿る。





    「……で?」
    場所は戻ってカフェソーコ。 向かいの席にはチェレンとベル。
    アコーディオンの音色が響く小さな喫茶店は、昼食をとりに来た客たちでいっぱいだ。
    「……あれだけ派手に走り回った後で、また同じ場所に戻ってくるとは思わなかったんだけど。」
    「いやぁ、他にお昼食べられそうなところなくって。」
    山盛りのクラブハウスサンドにかぶりつきながらトウヤは照れた。
    「ほーや、ふんほいほーほはんい、ふいあわはえへはほえー。」
    口の中のものを飲み込むと、ベルは自分の皿を見下ろして「これおいしー」と付け加える。

    頬についたマヨネーズを指で拭きながら、トウヤは尋ねた。
    「チェレンとベルは2人で何してたの?」
    「……シッポウのポケモンジムを下見していたら、偶然ベルに会ってね。」
    「ここのポケモンジムすごいんだよお! 1階がまるごと博物館になってるの!」
    博物館。 その言葉を聞いてトウヤは午前中最後に回った巨大な建物を思い出した。
    トントン、と机を叩いて自分の方を向かせると、チェレンは言おうとしていた話の続きを切り出す。
    「……それで、ここのジムリーダーがノーマルタイプの使い手だということが分かって、攻略法を考えていたところさ。」
    「ノーマルタイプ?」
    「……あぁ、トウヤのミネズミやベルのヨーテリーなどに代表される『強さも弱さもないタイプ』だ。
     弱点は『かくとう』タイプ1つのみ。 代わりに『ゴースト』タイプが効かない以外、威力を半減できるタイプもない。
     つまり、格闘タイプを捕まえてこない限り、真正面から戦うしかないっていうわけだ。 旅を始めたばかりの僕らにはやりづらい相手ではあるね。」
    新しいポケモンか……と、少し薄暗い店内に視線を迷わせてトウヤはつぶやいた。
    「それだったら、トウコちゃんがこの近くにある『ヤグルマの森』っていう場所に珍しいポケモンがたくさんいるって言ってたよ。」
    「トウコちゃんが!?」
    イスをひっくり返し、ベルが立ち上がる。
    すぐに周りの視線に気付き、慌てて倒したイスを元通りにすると、ベルは身を乗り出すようにしてはしゃいだ声を出した。
    「それってすっごいカクジツな情報だよね!
     決めた! あたし今日はそのヤグルマの森ってとこで新しいポケモン探す!
     それで、博士のポケモン図鑑もページいっぱいにするんだ!」
    ふぅ、と、ため息をついたチェレンを横目で見ると、ベルはチェレンの袖を強く引っ張る。
    「ねえねえ、チェレンも一緒に行こうよ。 チェレンはあたしよりずっとポケモン詳しいし、ボールの選び方とか参考にしたいの!」
    「……別にいいけど。 ……トウヤは?」
    「ボクは遠慮しとくよ。 昨日ポケモンたちに結構無理させちゃったから、今日くらい休ませてあげたいんだ。」
    チェレンとベルはちょっと熱の冷めたような顔をすると、「そっか」と笑顔を作って皿の散らかる席を立った。
    トウヤもそろそろ出ようかと自分のイスを引く。
    途端、今まさに出ようとしていた人の足と腰とがぶつかって、つけっぱなしだったミジュマルのボールが床の上に転がった。



    「ああぁ、ごめんごめん。 僕がボーっとしてたよ。」
    手に持った財布のヒモをじゃらじゃらと揺らしながら、トウヤにぶつかった細っこい男の人は振り返る。
    机の脚に開閉スイッチが当たり、ミジュマルのモンスターボールが開く。
    ここがどこか分からないといった様子でキョロキョロと周りを見回すと、ミジュマルは「みじゅ」と声をあげてトウヤの足元まで戻っていった。
    「おっと、キミはトレーナーかい?」
    「は、はい……」
    「おぉ! よく見ればトライバッジを持っているじゃないか!」
    わしづかみするようにバッグを引っ張られ、トウヤは思わず肩ヒモを持つ手に力を入れる。
    「と、いうことは! キミは我が愛しのビッグマムに挑戦するということだ! そうだろう、そうだろう?」
    男の人は今度はトウヤの肩をわしづかんだ。 意味がつかめず、トウヤは目をシパシパさせる。
    「いや実は、シッポウのジムリーダー、アロエは僕の奥さんなんだよね。 アハハ、まぁ彼女の方が表様だから奥さんなんて言ったら怒られるんだけど。
     おっと、自己紹介が遅れた。 僕はシッポウ博物館の副館長キダチ。
     キミの名前は? ランチ終わったところだよね、これからどこに行こうとしてたの?」
    「あ、えーと、トウヤです。 これから……」
    「シッポウ博物館に行こうとしてたんだよね!?」
    「ひぃ」とトウヤは悲鳴をあげる。 周りから注がれる同情の視線が痛い。
    吐息でメガネを曇らせるキダチ副館長に恐れを抱き、トウヤは手を振り払って逃げ出した。
    結局、午後の予定は決まらないままだ。

    11話「オタマロさん登場!」


    空もすっかり晴れ上がり、強い日差しがゾロアの黒い毛並みをチリチリと焼いていた。
    歩くたびに、足の裏が焼かれるようだ。
    階段の影に逃げ込むと、頭の上を人間が、スニーカーの音を鳴らして通り過ぎる。
    銀色の階段を降りて2つ足を進めると、人間はゾロアに目を向け、笑ったような顔で話し掛けてきた。
    「…なぜ、ついてくるの?」
    ゾロアは鳴き声をあげず、イシシッ、と小さく笑ってみせる。
    肩をすくめると、人間は自分の腕に手をあて、そこから動かないまま口だけを動かした。
    「ボクはN。
     キミはキミのトレーナーから逃げ出してきたのかい? カラクサでボクの帽子をとったのも、確かキミだったね。」
    耳だけを動かし、ゾロアはNに冷めた視線を送る。
    ふと顔を上げ、ゾロアは建物の屋根に駆け上がる。
    追いかけようかとNが足を踏み出した瞬間、角を飛び出してきたミネズミが足にぶつかりそうになり、思わずNは拾いあげた。

    手の中でバタバタと暴れながらチィチィ鳴き声をあげるミネズミをじっと見つめると、息を切らし追いかけてきたトウヤの方へと、暗く沈んだ色をした瞳を向けた。
    探していたミネズミがNの手の中にいることに気付くと、トウヤはぜえぜえと息を荒げてその場で自分のひざに手を突く。
    「ごめん……ちょ……ちょっと持ってて……」
    ぽかんとしたNの前でトウヤはぐるぐると巻かれた頭の包帯を取ると、自分の手に巻きつけてからにへっと変な笑顔を作って見せる。
    「ほらミネズミ、もう怖くないよ。
     知らない街なんだから、あんまり遠くに行くと見つからなくなっちゃうよ。」
    ありがと、と軽く礼を言ってトウヤはNからミネズミを受け取った。
    ミネズミはキュウキュウ甲高い声をあげながら、トウヤの胸に顔をこすりつけ、服にしがみつく。
    ひとしきり頭や背中をなでてから「あ」と小さな声と一緒にトウヤは顔をあげた。
    「N!」
    今さら気がついたらしい。 腕に抱かれたミネズミの鳴き声が「ぎゅう」といつもの低さに戻る。
    「Nもシッポウシティに来てたんだ、気付いてたんなら一声かけてくれればよかったのに。」
    「……キミのその傷が、キミのミネズミを苦しめてたというのか。」
    「えっと、あぁ……これ?」
    トウヤは後頭部に張られたガーゼを指差すと、頼りなく笑う。
    「昨日ちょっと転んじゃってさぁ、たいしたことないのに包帯ぐるぐる巻きにされちゃったんだ。
     そしたらミネズミがビックリして逃げだしちゃって……」
    「嘘をつくなッ!!」
    突然声を荒げたNに、街中が5秒の間、静まりかえった。
    「キミのミネズミは深く傷ついている。 自分が悪いと言っているが、キミが何かしたんじゃないのか?
     見損なったよトウヤ! カラクサタウンでバトルしたときのキミとミジュマルの信頼関係はやはりトレーナーの自分勝手な思い込みだったと」


    「ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅきゅぎゅーッ!!!」
    「みーじゅみじゅみじゅみじゅみじゅまーっ!!!」

    トウヤの服にしがみついたミネズミ、ついでに帽子を抱えたままやっとこ追いついたミジュマルががなりたて、トウヤは腰を抜かしそうになる。
    「ど、どうしたんだよ、おまえたち!?」
    人に吠えるな、街中だから、と、トウヤはNに向かってキィキィ鳴き声をあげるミジュマルたちを必死でなだめる。
    ぜぇぜぇ息を切らすミジュマルの目に、涙がたまっているように見えた。
    背中をなで、ようやく静かになったポケモンたちにトウヤがホッと一息つくと、Nが自分の帽子を脱ぎ胸の前に当てる。
    「……すまないトウヤ、誤解だったようだ。 先ほどの発言は全て撤回しよう。
     キミのポケモンたちはキミにとても懐いているようだ。 こんなに心のこもった声を聞いたのはボクも初めてだよ。」
    「あー……あのさ、N……」
    「なんだい?」
    ミジュマルの背中に手を当てたまま、トウヤはモゴモゴと少し言いづらそうに言葉を続ける。
    「……ゴメン。 キミの言葉、早口すぎて何言ってるのか全然わかんない……」



    再び、静寂。
    驚いたような目を瞬かせると、Nは絆創膏の近いトウヤの口を見つめながら口を開く。
    「わからない? カラクサで『何を言いたいのか分からない』と言ったのも……?」
    「あ、そのくらいでギリギリ。」
    少しホッとしたような顔をしてトウヤはNに指を向けた。
    ずり落ちてきたミネズミを抱えなおすと、トウヤはニコリと笑顔を向けてNに言葉を続ける。
    「だから、さっき怒鳴ったのも、その後なんか謝ってるっぽかったのも全然わかんなかったから、気にしなくてもいいよ。
     ……あー、カラクサで何か一生懸命喋ってたの聞き取れなかったのは、ほんとゴメンだけど……」
    考え込むようにトウヤが前髪に触れると、ミネズミがまた、ずり落ちた。
    少し視線を下にずらし、ミネズミを抱える腕が震えていることに気付く。 もう握力がないのだと。
    Nは被っている帽子を少し目深にすると、早口で、しかしトウヤに聞こえるよう切り出した。
    「……ボクは、誰にもみえないものがみたいんだ。
     ボールの中のポケモンたちの理想、トレーナーという在り方の真実。
     そしてポケモンが完全となった未来……
     ……キミも、みたいだろう?」
    「?????」
    トウヤの顔からは「ゴメン、何言ってんだかさっぱり解らない」という言葉があふれ出していた。
    呆れたように肩をすくめ、首を横に振ってみせるとNはモンスターボールを取り出し、トウヤに向けて構える。
    「理解できない、か。 いいよ、それよりボクとボクのトモダチで未来をみることができるか、キミで確かめさせてもらうよ。」
    「あ、ちょっ……!」
    「おおっと!」
    まだミジュマルの回復が……と言おうとした時、上空から何か黒くて大きなものが降ってきてトウヤとNの間に立ちふさがった。
    長いポニーテールを揺らし、トウコは立ち上がる。 一体どこに隠れていたんだと、トウヤは妙に澄んだ空に視線をさ迷わせた。


    「トウヤと……あとMだっけ?」
    「Nだよ、トウコちゃん……」
    「面白そうな話、してんじゃん。」
    名前の間違いを全く気にする様子もなく、トウコは唇に舌を這わせ、トウヤを背にNに向き合った。
    彼女の足元にいるゾロアとオロオロしているトウヤを見比べ、Nは1度出しかけたモンスターボールを引っ込める。
    「トウコチャン……? そのゾロアもキミのポケモンだったのかい?」
    「ゾロアはね! トウコちゃんの1番の大親友……」
    「トウヤ、黙ってな。」
    ぴしゃりと言われ、トウヤは自分の唇を噛んだ。
    手の上でボールをコロコロと転がしながら、トウコは青みがかった澄んだ目でNを見据え、彼の手にあるモンスターボールへと視線を向ける。
    「ちょっとそこのイケメンさんよ。 何を焦ってるのか知らないが、そこにいるトウヤの怪我が見えないわけじゃないだろう?
     丁度退屈してたとこだし、頼りない弟に代わってアタシが相手してやるよ。 文句ないだろう?」
    「……キミが?」
    「アタシはトウヤと違って、バトルは大好物さ。」
    ゾロアが足を踏みしめると、黒い風のようなものが吹き渡った。
    驚いてジタバタするミネズミを強く抱きしめると、トウヤはトウコとNの顔を見比べる。
    「成る程そうか……ならば、キミたちとのバトルで未来をみせてもらおう!」

    小さくうなずいて、Nはモンスターボールから灰色の小鳥のようなポケモンを呼び出す。
    パサパサと大きな音を立てて羽ばたくトウヤがポケモンに図鑑を向けると、画面には『マメパト』と表示された。
    ニッと笑い、トウコはパチンと指を鳴らす。
    「シママ!」
    地面を蹴るゾロアの足が伸び、小さなひづめがアスファルトに音を鳴らす。
    「……ゾロアのイリュージョンだ!」
    トウヤはミネズミを握り締めて叫んだ。
    縞模様の体毛がバチバチとスパークする音を鳴らすと、マメパトは「くぅ!」と鳴いて仔馬のようなポケモンに背中を向けた。
    「マメパト、恐れることはない。 ただの幻影だ!」
    「どうかな?」
    クルルルル、と、鳴き声をあげて戻ってきたマメパトに、トウコは人差し指を向ける。
    「シママ、『ニトロチャージ』!!」
    豆鉄砲食った顔をしたマメパトに向かい、トウコは素晴らしくよく響く声を張り上げた。
    高いイナナキをあげ仔馬のようなポケモンは足元から炎を噴き出し飛び上がる。
    そのまま、炎を纏った足でマメパトを蹴落とす。 訳もわからないまま焦がされ地面をスライディングするマメパトを見て、トウヤは「おぉ」と声をあげる。
    「トモダチなのに、おいしそう……」
    「ヤメテ!!」
    こんがりと肉の焼ける匂いに、トウヤ一行は地面の上にヨダレをたらす。
    ケラケラと笑ってトウコはゾロアを元の姿に戻す。 ヤキトリをモンスターボールへと戻してから、Nは反対の手で風を切った。


    「トモダチが傷つくことの何が楽しい!?」
    「本気でやらないバトルこそ、何が楽しいってんだよ?」
    長い髪に触れ、トウコは次のポケモンを促す。
    帽子に隠れた眉をピクリと動かすと、Nは次のポケモンに触れ、トウヤを睨んでモンスターボールを構えた。
    「いいとも。 ここでキミたちに勝てる力もなければ、世界を変えるための数式は解けない。
     ……ボクはすべてのポケモンを救いださなければならない。 そのためにまず、このバトルに勝ち、キミたちを納得させる!
     さて、交代だ! ドッコラー……」
    「まーろまろまろまろまろ!」
    「え」と、トウヤとトウコとNが理解不能の声をあげる。
    Nが呼び出したドッコラーの頭に、どう見ても生活圏は水辺なオタマジャクシのポケモン。
    どうもNのモンスターボールから出てきたようだったが、出したはずのNすら混乱しているようで、ちょっと疲れてきたトウヤたちは建物の影に座って観察する。
    「マロマロマロマロマロマロマーロマロマロ!」
    「オタマロ、キミの出番はもう少し後だと……ゾロアは『あく』タイプなんだから、今は『かくとう』タイプのドッコラーに任せた方が……」
    「……悪の弱点は、格闘タイプ……と。」
    どうやら、あのオタマジャクシはオタマロというらしい。 聞きながらトウヤはポケモンレポートにメモを取る。
    やっていること自体はすごそうだが、あまりにマイペースなバトルに緊張の糸も切れてしまった。
    謎の言語で話すNをあくびしながら見つめていると、腕組みしたトウコが鼻息も荒めにNへと向かって切り出した。

    「で、どっちが戦うの?」
    「ドッコラーで!」
    「マロマロマロ!」
    ダメだこりゃ、と、トウヤはため息をつく。
    なんだかよくわからないが言い争ってるような様子のNのもとから、マロマロ鳴くポケモンが(恐らく)勝手に飛び出し、ぼいんぼいんと跳ねてゾロアへと近づいていく。
    はぁと息を吐くと、トウコはパチンと指を鳴らした。
    ゾロアの手に握られるフライパン。 「せーの」と息を合わせてオタマロに照準を合わせ、トウコとゾロアの腕が豪快に空を切る。
    「飛んでけーッ!!!」
    「オタマローオォッ!!?」
    スコアは華麗にホームランだ。 マロマロいいながら空に流れていったオタマロを、トウヤは半開きの口で見送る。
    指の肘で自分の肩をトントンと叩き、トウコはNに視線を向ける。
    く、と小さなうめき声をあげると、Nはゾロアを睨みドッコラーに向けて指示を出した。
    「ドッコラー『けたぐり』!!」
    持っている角材を振り回し、ドッコラーと呼ばれた茶色いポケモンは音を立てて強く地面を蹴る。
    全体重をかけ足元を狙った蹴りは、ゾロアをすり抜けて局所的な風を作る。

    「『かげぶんしん』。」

    力の行き所を失い地面に転げたドッコラーに、黒い小さな影が落ちた。
    見上げるドッコラーの黒い瞳に、小さな牙から炎を漏らす、黒い狐の姿が映る。
    「ゾロア、『かえんほうしゃ』!!」
    吹き降ろす赤い炎を食らい、ドッコラーは小さなモンスターボールへとその姿を変える。
    イシシシシッ、と、ゾロアは笑い声をあげた。
    信じられないとでも言いたげなNに青い眼を向けると、ふさふさの尻尾を揺らしてしなやかに身構える。


    「未来が……見えない……」
    「あ?」
    ガラ悪く聞き返すトウコに、Nは聞いているのかわからない早調子で言葉を続ける。
    「バトルは終わりだ。 今のボクとボクのトモダチではすべてのポケモンを救い出せない……世界を変えることは出来ないということがわかった。
     ボクには力が必要だ。 誰もが納得する力……」
    やはりトウヤには、言っていることの半分も聞き取ることは出来なかった。
    トウコも意味をわかりかね、その場で首をかしげる。 トウコの方へ視線を向けると、Nはいつになく強い目をして、胸の前で拳を握った。
    「必要な力はわかっている。
     ……英雄とともに、このイッシュ地方を建国した伝説のポケモン、ゼクロム!
     ボクは英雄になり……キミとトモダチになる!」
    言うだけ言って、Nはトウヤたちに背を向ける。
    早足で去っていく彼の背中を、トウヤもトウコもただ見守ることしか出来なかった。

    何言ってんだ、アイツ、と首をかしげるトウコを横目に、トウヤはミネズミを置いて立ち上がった後、トウコに向けて唇を動かした。
    「友達いないのかな、あいつ?」
    そういう問題でもない気がしたが、トウコはそれを口にすることは止めておいた。
    久々のバトルで動かした体を、強い日差しにあて解きほぐす。
    「ま、そういうことにしといたらいいんじゃね?」
    うん、と、トウヤは小さくうなずいた。
    走り回っていたゾロアが黒い毛並みをブルブルと揺さぶる。
    黒い身体に、初夏の日差しは少々強すぎる。
    涼を求めポケモンセンターに向かう1人と1匹を見送って、トウヤはずっとしまっていた上着のファスナーを、少しだけ開いた。

    10話「片鱗」


    「コートカ、『みだれひっかき』!!」
    無数の斬撃が湿っぽい洞窟の空気を切り裂いた。
    プラズマ団の出したミネズミは避ける様子もなく攻撃を受け止めると、チョロネコに向かって「ギィ」と鳴き声をあげる。
    「コートカ、ストップ! 攻撃するな、『すなかけ』だ!」
    「ぬ?」
    チッと舌打ちしてチョロネコはミネズミの代わりに地面へと爪を立てる。
    視界を奪うほどではなかったが、それでも細かい砂や小石や泥が、ミネズミの顔へとぶつかっていく。
    「構えろ、コートカ!」
    今度はプラズマ団が歯噛みした。 ミネズミの動きが防御から攻撃に転じる瞬間が、チェレンからも見える。
    「……『がまん』が解放されるぞ!」
    ミネズミの前足が、強くチョロネコを打った。
    自分が受けたダメージを倍返しする技だ。 途中で攻撃を止めたこともありチョロネコは小さく悲鳴をあげたが、ダウンするには至っていない。

    尻尾をピンと立てると、チョロネコは「まー!」と鳴き声をあげる。
    「コートカ、ゴー!!」
    地面を強く蹴り、チョロネコはミネズミを組み伏せた。
    攻撃が弾け、ミネズミがモンスターボールへと吸い込まれる。
    チェレンはちらりとトウヤの方へと振り返った。
    プラズマ団はまだ何人もいる。 さすがに1人でさばくには、この人数は辛すぎる。



    「……とれたっ!」
    右足に絡む複雑な網目が噛み切られると、トウヤは切れ間からミジュマルを引っ張り出した。
    相当暴れたらしく白い毛並の隙間から血がにじんでいるが、両手、両足ともにすぐにでも動かせそうだ。
    「あっ……」
    ミネズミを抱えると、トウヤはミジュマルと視線を合わせ立ち上がった。
    トラックから飛び降り、脇からツタージャに攻撃を加えるプラズマ団に『シェルブレード』を放つ。
    ミジュマルが着地すると、トウヤはチェレンに駆け寄った。 今一度、彼の知識を頼るために。
    「……トウヤ!」
    「チェレンッ、ミネズミが!」
    チェレンがトウヤの腕の中を覗き込むと、彼のミネズミが目をつぶってぐったりしている。
    「ミジュマルの網を切った後、急に倒れて……!」
    「……息はしているんだな?」
    「うん……!」
    「なら、気絶しただけだ、問題ない。 モンスターボールに戻しておいてあげなよ。」
    もう1度「うん」とうなずいて、トウヤはミネズミをモンスターボールに戻す。
    ぐるっと見回す。 チェレンが2人、プラズマ団を倒してくれたが、まだ2人、それに隠れたところにもう1人残っている。
    心臓が強く、脈打った。 いろんなことが頭の中を駆け巡り、思考がスパークする。

    「助かるよ。 奴ら話も通じないし、2対1じゃ、さすがにきつくてね……」
    「うん。」
    「……トウヤ?」
    「大丈夫。」
    ボールを握ると、ミジュマルがホタチを強く握りなおした。
    「任せて。」
    少しどよめくプラズマ団に向き合うと、トウヤは自分の胸に手を当て、息を吸い込んだ。
    「ミジュマル、『みずでっぽう』!!」
    小さく息を吸い込むと、ミジュマルは相手のポケモンへと向かって細かい水流を吐き出した。
    それほど威力はないが、降りかかってきた冷たい水に、プラズマ団のミネズミたちは思わず目をつぶる。
    そのスキをつき、ミジュマルはホタチを構え、切りかかった。 ミジュマルの真上へとホタチが振り上げられた瞬間を狙い、トウヤは強く声をあげる。
    「『シェルブレード』!!」
    ホタチが胴に当たるとミネズミは吹き飛ばされ、赤と白のモンスターボールへと姿を変えた。
    背後から迫ったもう1匹のミネズミをツタージャがツルのムチで叩き落とすと、身体をひねり、全身を使って押し潰す。
    モンスターボールの転がる奥で、子供2人に完敗したプラズマ団が顔を歪ませていた。
    捕らえようと前へ出るチェレンの腕を引くと、トウヤとミジュマルは、プラズマ団とポケモンの間に立つ。



    苦し紛れに投げられた小石が、トウヤの頬に傷を作る。
    ミジュマルがホタチを構えたが、それを制してもう1歩前に進むと、トウヤはまるで無防備な体勢でプラズマ団に向かって口を開いた。
    「どうしてあんなこと……ポケモンを奪ったりなんかするんですか?」
    「ポケモンを苦しめているのはお前たち、愚かなトレーナーだ!
     プラズマ団は愚かなトレーナーからポケモンを解放してやっているのだ、いわば我々は救世主だ!」
    「……また、訳の分からないことを……!」
    チェレン、と軽く声をかけ、何も言わないよう促すと、トウヤは殺気立つミジュマルに少し足を近づける。
    「どうして、僕たちトレーナーが愚かだと思うんですか?」
    「お前たちトレーナーはポケモンを狭いモンスターボールに閉じ込め!バトルなどと称してポケモンを傷つけることを楽しみ!ポケモンたちの言い分も聞かず好き勝手に連れ回し、あまつさえこき使う!
     これを愚かと言わずして何と言おうか!? この世界で最も愚かな存在! それこそがポケモントレーナー!!」

    「ボクのミジュマルは……あなたたちが投げた網に絡まって、ケガをしました。」
    赤くにじむミジュマルの足をちらりと見やると、トウヤは先を続ける。
    「ボクのミネズミは、すっごく怖がりで、バトルが大の苦手です。
     1度は逃がすことも考えました。 だけど、ついてくるんです……」


    「ついてくるんですよ……」
    ミジュマルはホタチをおなかの上へとしまった。 しんと静まりかえる洞窟の中に、水の滴る音だけが響き渡る。
    トウヤはプラズマ団から目をそらすと、自分の服の裾をぎゅっと握った。
    誰かの視線が動いた瞬間、トウヤは強い殺気に当てられ横っ面を叩かれる。
    チェレンの声が響き、目の前が赤くなる。 頭の後ろに痛みを感じたのは、少し時間が経ってからだった。
    「トウヤ! 大丈夫か!?」
    今度ははっきりと声が聞こえ、トウヤは目をしばたかせる。
    「え……と……」
    目の前の映像が、うまく像を結ばない。
    何が起きたのか把握できず鉛のように重い思考に問いかけていると、右の手首と左の頬に触れる、ひんやりとした手の感触に気付く。
    「ミジュマル……と、チェレン?」
    「しっかりしろ、トウヤ! 僕の声が聞こえてるか?」
    「頭に響くよ、チェレン……」
    ようやく視界がはっきりしてきて、トウヤはしかめっつらをして頭を押さえる。
    「何度も呼んだんだぞ。 大丈夫か、口の中とか切ってないか?」
    「口より頭が痛い。」
    「頭を打ったのか……」
    「みじゅ……」
    大きな鼻を湿らせ、ミジュマルはトウヤから顔をそらした。
    起き上がってぐるぐるする頭を押さえる。 再びずれた焦点を合わせるのに、今度はそれほど時間はかからなかった。

    「あぁ」少し飛んだ記憶を拾って、トウヤは少しずつ状況を把握する。
    手のひらを見ると、かすれた血が広がっている。 完全に上体を起こすと、トウヤはチェレンの手を借りて立ち上がった。
    「ありがとう、もう大丈夫。」
    「……頭を打ったんだろう? 念のために病院で見てもらった方がいい。」
    「そんな大げさな……」
    苦笑いを見るとチェレンはメガネを光らせ、トウヤの額を思い切り突っついた。
    「キミに!何かあったときに!トウコにどやされるのは!この僕なんだよ!」
    「イタイ……」
    石は投げられるわ殴られるわつつかれるわで、段々どこが痛いのかわからなくなってきた。
    チェレンは半ば無理矢理に、薄暗い洞窟から明るい太陽の下へとトウヤを引っ張り出す。
    まぶしさにトウヤとミジュマルは目を細めた。
    チェレンは自分のライブキャスターを起動させ、ベルへと発信する。


    『あ、チェレン!! あのね、ポケモンたちが帰ってきたんだよ!!』
    「そうか、それは良かった。 それでベルに頼みたいことが……」
    『トウヤとチェレンのおかげだよ、あたし2人と友達で本当によかった!!』
    「……あのね、ベル。 聞いてほしいんだけど……」
    『先生も2人に感謝しててね、さっき食べたクッキーささやかだけどもらってくださいって!』
    「……ベル。」
    『あのクッキー美味しかったよね! そう考えるとラッキーかな……あ、でもポケモン奪ったのは許せない!』
    「トウヤがケガをしたんだ!」

    能天気に騒いでいたベルの声が止み、ライブキャスターの向こうで何かの落ちる音が聞こえる。
    「僕らはこのままシッポウシティに向かうから、悪いけどベル、僕とトウヤのバッグを……」
    『トウヤが……』
    「バッグを……」
    『とーやが死んじゃうーッ!!!?』
    一方的に通信が切られ、どこか遠くの方でバタバタという足音の空耳が聞こえた。
    頭を抱え、ため息をついたチェレンにトウヤはアハハ、と苦笑いする。
    仕方なし……といった感じで、チェレンはモンスターボールから3匹目のポケモンを呼び出した。
    人間の子供くらいの大きさをした、ピンク色の可愛らしくてまるっこいポケモンだ。
    「……仕方ない。 タブンネ、保育園から僕とトウヤのバッグを取ってきてくれ。」
    「ブネ!ブネッ!」
    「……いや、バトルとかしなくていいから。」
    出てくるなりファイティングポーズをとるタブンネにチェレンはなだめの手を入れると、保育園の方角を教え、そのポケモンを向かわせる。
    妙に血の気の多いタブンネが東の方角へ走るのを見ると、チェレンはさて、とつぶやいてトウヤの方へと向き直った。



    「……行こうか。」
    「うん……あ、ちょっと待って。」
    トウヤは帽子を脱ぐと、足元でしょげているミジュマルの顔を隠すように、頭の上へと放り投げた。
    突然目の前が見えなくなり、慌てた様子で帽子を持ち上げるミジュマルにトウヤはぽん、と、自分の頭を叩く。
    「ミジュマル、それ少し預かっててよ。
     大事な帽子だからね。 あんまり汚したくはないんだ。」
    「みじゅ……」
    全力の信頼を向けるトウヤを右目に、ぽかんとした顔のチェレンを左目に移すと、ミジュマルは本当にちょっとだけしっかりした顔になって「みじゅ!」と帽子を抱きしめた。
    「じゃあ、行こうか!」
    「……あぁ。」
    不自然に明るいトウヤを、チェレンとミジュマルが追いかける。
    ふと上を見ると、散っていく花の色が鈍く茶色が混じり始めていた。
    雲の隙間から見える空の色が濃い。 春の終わりは、そろそろと音もなく近づきはじめていた。

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