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    未完成なカレンダー 第6話『フシギで不気味なスペードのA』







    プラチナのパーティの中で、朝1番にテントから出てくるのはスペードだ。
    日が昇る前にトレーニングをし、プラチナたちが起きてくる頃には、晴れた日ならば日光浴、雨の日ならば水浴びをしてそっぽを向いている。
    たまたまマイがそれを知ったのは、もうすぐナギサにつこうかという頃。 流星群の予報をラジオが流していた日だった。
    いつもよりも早い時間にセットしたタイマーで起きてきたマイは波打ち際を蹴飛ばして走るスペードの姿にまばたきをすると、毛布をかぶったまま海へと近づいていく。
    彼女の姿を見つけると、スペードは舌打ちして何事もなかったかのように頬の毒袋をふくらませた。
    「……ユニークね、あなた。」
    横目でそれを見ると、マイは一瞬の奇跡を見逃さぬよう首を上に向ける。
    思ったほど星は流れてこなかった。
    「……コンテストにしか興味のないプラチナのメンバーに、どうして、あなたみたいなバトル好きのポケモンが入ったのか。」
    スペードが毒袋を膨らませると、腹の虫のような音が鳴った。
    マイは空を見上げている。
    予報は、はずれだ。
    ずっと見つめているというのに、星は流れてこない。





    スペードは知っていた。
    プラチナという少女が自分の主人になることも、自分の名前がスペードになるということも。
    今日が「その日」だということも知っていたから、スペードは街の入り口で少し浮き足たった気持ちを抑えながら、2人が到着するのを待っていた。
    「あ、いた! またお前か、いつもいつも脱走して!!」
    「ぐぇ。」
    サファリの職員に連れ戻され、15分ともたなかったが。


    旅に出てから半年近く経ち、プラチナはいくつもの街を見てきたつもりだったが、その街……ノモセシティはプラチナが今までに見たどの街とも様子が違っていた。
    ここにはコトブキやヨスガのような高い建物があるわけでもないし、ソノオのような目立った名物があるわけでも、ミオのように物流の中心地というわけでもない。
    それでも、このノモセシティはにぎわっていた。
    規則性のないのぼり旗が道を染め、観光客と店員が談笑する声が絶えず聞こえてくる水音と混じる。
    「ノモセシティはノモセ大湿原を中心に大きな湿原が広がっていて、ここでしか見られないポケモンも多い。
     観光客にはノモセ大湿原で行われているサファリツアーが大人気……だってさ。」
    パンフレットを読み上げるパールの声を、プラチナは頬を膨らませながら聞いていた。
    「……オイ、まだ怒ってんのかよ?」
    「怒ってない。」
    「怒ってんだろ。」
    「気持ち悪いだけだから!」
    そりゃそうだ、と、パールは頭をかいた。
    ノモセの湿地帯は街の外まで広がっていて、ここに来るまでプラチナたちはそのズブズブの中を抜けてくるハメになった。
    舗装跡まで腐り落ちた道路にまともな足場などあるわけもなく、足首まで泥にまみれてグチャグチャ、ついでに近くの野生ポケモンと一戦やったときに泥を豪快に飛ばしてしまって、パールとプラチナの荷物はもはやハンカチすら役に立たない状態だ。
    「あー、誰かさんのせいで!」
    「怒んなよ、つか、怒るのか怒ってないフリすんのかどっちかにしろよ。
     そりゃ、ノモセの方に行こうつったのはオレだけどさー。」
    「大体おかしいじゃない! なんであたしの旅にずーっとジュンちゃんがついてきてんの?
     子供じゃないんだから自分のことくらい1人でやってよ!」
    「なんでって、それは……」
    「ジュンちゃんのバーカバーカ! おねしょマン!!」
    「それ保育園の話!?」
    泥だらけのままポケモンセンターへと走っていくプラチナの背中を見送ってから、パールは大きくため息をついた。
    「なんでって、そりゃ……」
    パールは自分の影へと目を落とす。 薄曇りで地面に溶けてしまいそうな薄い影は、パールが呼吸するたびにゆらゆらと揺れていた。
    「……信じてくれないよなぁ。」
    少し乾いた泥を払って砂ぼこりをたてると、パールはおいしそうな匂いをたてる土産物屋の一軒に目を向けた。
    ガラス張りの小さな扉のそばで、青いポケモンのマスコットがゆらゆらと揺れている。



    「パンツまで全滅とか……ホント信じらんない!」
    シャワーを浴びるとプラチナは、泥をかぶった服を乱暴に洗濯機へと放り込みながら今日何度目ともしれない文句を四角い箱へとぶつける。
    服も替えてしまいたかったが、今、口走った事情で着替えはなく、土産物コーナーで売っていた妙なプリントがついた青いTシャツとパンツしか用意できなかった。
    その姿を選択終了までさらしておくことにも耐えられず、プラチナは使用中の札をかけると早足で部屋へと向かっていく。
    後ろ手で扉を閉め、髪から落ちた雫で濡れてしまったTシャツを絞る。
    ふと視線を感じ、プラチナは窓の外へと目を向けてみた。
    青いポケモンが、窓にへばりついてプラチナのことを見つめていた。
    「……きゃあああぁっ!!?」
    「プラチナ!?」
    「にゃああぁっ!!?」
    背後の扉を押し開けたパールに手近にあったものを投げつけるとゴツッと鈍い音がした。
    「いてぇっ!? なんだってんだよー!?」
    「バカ!! 最低!! しらないっ!!」
    ふと横を見ると、部屋に常備されているはずの懐中電灯がなくなっている。
    多少パールには悪いことをした気もするが、こっちだって緊急事態だ。
    聞き覚えのある鳴き声が外から聞こえ、プラチナは窓の外へと目を向ける。
    濡れたTシャツで胸を隠したまま水しぶきの飛んだ窓へと近づくと、ポッチャマが『アクアジェット』で水たまりの方へと突っ込み、土産物屋の軒先にぶら下がっていたのと同じ、青いポケモンがそれを拳で迎え撃っている。
    「キング!?」
    「きゅぴぴっ!!」
    返す攻撃でクチバシの上を切ったキングはプラチナに返事をするとすぐさま周囲の水たまりから水分を集め始めた。
    それを自分の背よりも何倍も大きな白波へと変化させると一気に相手へと叩きつける。
    『なみのり』の攻撃だ。 大技を決め、少し気が抜けたのかキングは小さな翼からホッと力を抜く。
    「後ろ……ッ!!」
    背後の気配に気づかず、キングは真上からの『どくづき』をモロに食らった。
    泥の上を跳ね、手足をジタバタさせるキングにプラチナが駆け寄る。
    プラチナが青いポケモンを睨みつけると、青いポケモンは「ケッ」と舌打ちしてその場から飛び上がった。
    そのまま、青いポケモンの姿は見えなくなった。 まだ、どこかに隠れているのかもと辺りへと視線を飛ばすが、プラチナもあまりその場に長居するわけにもいかず、仕方なくキングを抱き上げる。


    キングが目を覚ますと、プラチナの細い腕に抱えられ、プラチナの部屋へと運び込まれているところだった。
    視線を下に向けると、彼女の細い背中がむき出しのまま窓の外へと向けられている。
    「ぴきゅっ?! ぴきゅきゅきゅっ!!?」
    「ちょっと、暴れないでよキング!」
    翼を捕まえられたまま、キングはプラチナの目線の高さまで持ち上げられた。
    「部屋まで泥まみれにしたらポケモンセンターの人から怒られるでしょ! シャワーしてあげるから、おとなしくしてなさい!」
    後頭部にズキリと痛みが走り、キングはわずかに状況を思い出した。 確か、プラチナの悲鳴が聞こえて、駆けつけたらポケモンがいて。
    それらを全て思い出す前にキングはシャワールームに連れていかれ、プラスチックの丸い椅子の上に置かれた。
    キングは鏡越しにプラチナを見る。 大事なところは彼女の長い髪とパンツでかろうじて隠れているが、それがむしろ危うい、危険な恰好。
    今すぐにでも服を取りに行って叩きつけてやりたかったが、泥だらけになったプラチナのくるぶしが目に入り、キングは耐えた。
    「後で部屋掃除すんの手伝ってよね。」
    「きゅぴ……」
    「あんたってホント変なポケモンよね。 センターに預けてたのに、どうやってあたしの部屋まで飛んできたのよ?」
    「ぴ。」
    「あーもー、今日ってサイアク!」
    頭の上から水がかけられ、泡だらけの羽根から泥が落ちる。
    濡れたタオルで自分の肩と足首を拭くと、プラチナは扉の下から飛び出しているパンフレットに気づき、それを取り上げた。
    表紙をめくったところにある1番大きな記事、『ノモセ大湿原サファリツアー』の文字に大きく乱暴な丸印がつけられている。
    キングから受け取ったTシャツに袖を通し、恐る恐る部屋の外を確認してみるが誰もいない。
    まあ、誰がそこにパンフレットを置いたかなんて分かりきっていることだが。
    プラチナはだっさいTシャツについたプリントに目を向けると「むぅ」とうなった。



    「青いカエルみたいなポケモン?
     ……あぁ、それなら『グレッグル』ですね。 イタズラ好きな奴が、よく街の方まで脱走するんですよ。」
    翌日、湿原列車を運転する男性に昨日のポケモンのことを尋ねるとそんな答えが返ってきた。
    「よくそんなポケモン……を、街のマスコットにしてられますね。」
    プラチナから顔を背けたまま、パールが尋ねる。
    「ハハハ、まあ、脱走するっていってもそれほど街から離れるわけじゃないし、特に害があるわけじゃないからね。」
    「……レディの部屋を覗かれたんですけど。」
    聞こえないくらい小さな声で、今度はプラチナがつぶやく。
    ポケモン図鑑にはオレンジ色の毒袋を膨らませた昨日の青いポケモンの姿が映っていた。
    列車が揺れて、パールとプラチナのひじが当たる。
    露骨に視線をそらしたプラチナにパールはなにか言い返そうとしたが、その前に周囲の異常に気付くと手すりをしっかりと握りしめて立ち上がった。

    「なあ、なんでこの列車止まってんだ?」
    「線路の上にポケモンがいるからね。
     でも、おかしいな。 線路はカラカラに乾いてるから湿原のポケモンたちは近づきたがらないはずなんだけど……」
    まあいいか、と、一息おいて線路の上に降りようとした運転士をパールは引き留めた。
    運転士がパールの方へと目を向けた瞬間、ガキンと耳障りな音が湿原の濁った水面に波紋を作っていく。
    プラチナが立ち上がると、前方を塞ぐビーダルを境に前方の線路がぷっつりと断ち切られていた。
    運転士が「うぇ!?」と妙な悲鳴をあげる。 肌にまとわりつくような殺気に、プラチナとパールは眉を潜ませる。
    同時に、涼やかな声がその空気を制して、ピリピリしていた3人の視線は同時に声の方……列車の後部へと移った。
    「少々……よろしいでしょうか?」
    片手を上げたまま、その男性は読んでいた本から視線を上げるようにプラチナの方へと視線を動かした。
    「いえ失礼、こうでもしないと無視されてしまうと思いましたもので。
     何もいたしませんよ。 あなたがこちらの話し合いに応じてくださればの話ですが。」
    パールが自分の身体の後ろにプラチナを隠した。
    相手はニコニコと笑っているが、視線の奥で獲物を狙う爪を光らせている。 プラチナたちがここまでに幾度となく会ってきた視線だった。
    「ギンガ団のトリトンと申します。 ネプチューン様の補佐をいたしております。
     ワレワレは世界をより良くするため、ポケモンレンジャーが入手したという『海のタマゴ』を求めているのですが、どうも彼らにはワレワレの心象がよろしくないようで……話し合いに応じてもらえないのですよ。
     後ろのお嬢さん、あなた確か、ポケモンレンジャー殿の妹さんでしたね。 なんとかお兄様に話し合いに応じていただけるよう、ご協力いただけませんかね?」
    「あんたたちなんかに……!」
    「プラチナ!」
    怒鳴り返そうとしたプラチナの口をパールが慌てて塞ぐ。
    もがく彼女をどちらが人質だかわからない体勢で固定すると、パールはひとつ深呼吸してからトリトンと名乗ったギンガ団に話しかけた。
    「つーかさ、話し合いのための話し合いにしちゃ物騒なんじゃねーの?
     お前のポケモン、線路塞いでるビーダルだけじゃねーだろ?」
    「えぇ、まぁ、それなりに準備はさせていただきました。」
    トリトンが指を鳴らすと、水音をあげて湿地からポケモンたちが姿を現した。
    緊迫感のないつぶらな瞳だったが、パールはそのポケモンたちを見ると喉の奥を鳴らした。
    ヌオーだ。 鈍足で知られるが、このような湿地での相手としてはこれ以上に嫌な相手はいない。

    パールはプラチナから手を離すと椅子の上に足を置いて相手を睨みつけた。
    「最初っから話し合いする気なんてないってことだろ!」
    「それは心外。 私は最初にお話ししましたよ、話し合いに応じてくれれば何もしない、と。」
    「話し『合って』ねーだろ! 完全な脅迫じゃねーか!」
    パールは言い返したが状況は圧倒的に不利だ。
    なにせ、サファリツアーを開始するとき、プラチナとパールのポケモンは預けてきてしまっている。 今、ポケモンたちに襲い掛かられたら対抗する手段がないのだ。
    クスリと笑うとギンガ団は、自分を睨みつけてくるパールからプラチナへと視線をずらした。
    「お嬢さん、あなたはどうです?」
    「あ、あたし? ……あたしはッ……!?」
    言い返そうと大きく開いた口から異臭を吸い込んで、プラチナは思わずむせこんだ。
    視線を大きく外したパールの腕がぶつかる。 ほぼ同時に背後から何か爆発したような音が聞こえ、プラチナは振り返った。


    振り返ったプラチナの額に、砕けた小石のひとつがぶつかった。
    くぐもったゴボゴボという音が聞こえ、視界の隅にいた運転士が大きく体を屈める。
    次にプラチナの瞳に映ったのは、線路の上で倒れているビーダルと、その上に乗っている、あの青いポケモンだった。
    「グレッグル!?」
    オレンジ色の頬袋を大きく膨らませると、グレッグルは金属的に光る緑色の液体をヌオーたちのいる沼地へと吐き出した。
    ばしゃんと水音をたて、一斉にヌオーたちが姿を消す。
    口に残った毒液をぺっと吐き出すと、グレッグルは濡れた足でプラチナたちへと近づき、ギンガ団を睨みつけた。
    「……どういうことでしょうね?」
    「知らねーよ。」
    パールはプラチナの腕を引き、湿原列車から降りるよううながす。
    ギンガ団のトリトンは面白くなさそうに眉を潜めると、服の下に隠していたモンスターボールからポケモンを呼び出した。
    湿原列車を中心として沼地に波紋が広がっていく。
    「お客様! ポケモンの使用は禁止されて……!」
    「んなこと言ってる場合か!?」
    「ヤンヤンマ、『でんこうせっか』です!」
    空気を切り裂き、薄羽根のポケモンは枕木の上に立つグレッグルへと突っ込んできた。
    衝撃で下に敷かれた砂利が飛び上がる。 だが、切り裂かれた枕木にヤンヤンマの大きな目が動いた瞬間、グレッグルの姿はヤンヤンマの真上にあった。
    「『だましうち』!」
    振り下ろされた拳がヤンヤンマの身体を線路の上へと叩きつける。
    プラチナが叫んだのは、それが部屋の前で戦うキングへと繰り出された技だったからだ。
    羽根のこすれる音が鳴り、パールがプラチナを体の後ろに隠す。
    次の瞬間、空気のこすれるような大きな音が響き、パールの身体が浮き上がった。
    ヤンヤンマが掴み上げたパールの身体を列車の上で組み伏せると、ギンガ団の男はグレッグルを睨みつけ、面白くなさそうにプラチナへと視線を向ける。
    「人質としては物足りませんが……まぁ、いいでしょう。
     あなた、お友達を返してほしければお兄様へと連絡しなさい。 彼と『海のタマゴ』を交換だとね。」
    「ダメだ! プラチナ、絶対に『言うな』!!」
    「……ッ!!」
    パールが叫び、そこでプラチナはようやくギンガ団が『海のタマゴ』をプラチナが持っていることに気づいていないことに気づいた。
    だとすれば、相手が必要としているのは情報、それに交渉材料……人質だ。
    ギンガ団はパールを組み伏せたまま、湿原列車を操作しサファリの入り口へと向かっていく。
    鈍い金属音をあげ、乗っていたときからは想像できないスピードで湿原列車は遠ざかる。
    完全に出遅れる形になったプラチナは、いらだたしげに足元にいるグレッグルを睨みつけた。
    と、同時に長いまつげを上下させる。
    「……あれ?」
    青いポケモンの胴体についた白い模様が、先ほどより1つ多い気がする。


    青い髪に湿った風を受け、ギンガ団のトリトンはプラチナのいる後方へと濁った視線を向けていた。
    「まったく、余計な邪魔が入りましたね。
     あなたもですよ、金髪のボウヤ。 彼氏でも気取っているつもりですか? 彼女はあなたのことなんて、気にもとめていませんよ。」
    「……わかってるよ、そんなこと。」
    トリトンを睨みながらパールは拘束から抜け出そうと身をよじらせる。
    「まぁ、いいでしょう。 予定とは違いますが交渉の条件は整いました。
     あとは、あのお嬢さんがポケモンレンジャーを呼び出せば……」

    ドカン、と、音がしてヤンヤンマの羽音が消えた。
    驚いたトリトンが音のした方向へと目を向けると、椅子の背にふてぶてしく座ったグレッグルが拳から毒液をしたたらせ、ギンガ団のことを睨んでいる。
    「な……! なぜ! 邪魔をしたグレッグルは列車でまいたはず……!」
    「場所が悪かったんじゃねーの?」
    組み伏せられたままパールが笑った。
    低い椅子を乗り越えて別のグレッグルが顔を出す。
    狭い列車の中で無数のグレッグルに囲まれたトリトンは顔をひきつらせた。
    毒液をにじませた拳がトリトンの胴体へと突き刺さる。 大きく吹き飛んだトリトンは沼地の上を1度跳ねると、そのまま泥に突き刺さって動かなくなった。
    「ノモセ大湿原は、グレッグルの生息地だぜ。」
    ゆっくりと速度を落とす列車の上で、グレッグルが不気味な鳴き声をあげた。



    「……『マスコット』には、守り神という意味もあるんだ。
     このノモセ大湿原の危機を感じ取って、グレッグルたちが守ってくれたのかもしれないね。」
    ごぼごぼという不気味な鳴き声からは、とてもそうとは思えなかったが、運転士の言う通り、プラチナたちの平和はグレッグルたちによって守られた。
    引き返してきた湿原列車から降りてきたグレッグルたちを見て、プラチナは複雑そうな顔をしてうなる。
    正直、昨日の因縁もプラチナの中ではまだ決着がついていないのだが。
    「助けてくれて……あ、ありがとう。」
    「ぐげげ」
    「ちょっ、ちょっと! なんであたしを囲むのよ!?」
    「ハハハ、すっかり気に入られたみたいだね。」
    足元をグレッグルで固められ、動くことも出来ずプラチナは運転士を睨む。
    やっぱり微妙だし、泥臭いし、なんだかベタベタするし、いくらポケモンを集める目的があるとはいえ、プラチナの趣味じゃない。
    「いいじゃねーかよ、グレッグル。」
    「だったら、ジュンちゃんが捕まえればいいじゃない!」
    「いやー……、オレさっきトロピウス捕まえるのにボール使っちゃったし。」
    「グレッグルは仲間になりたそうな目で、キミのことを見ているよ。」
    プラチナは喉の奥を詰まらせた。
    湿原の外にあるポケモンセンターまで来たのだ、このまま逃げ出したら、このグレッグルの集団を引き連れて別の町まで旅することになりかねない。
    かわいいポケモンというものは、ほどほどであるからかわいいのだ。 こんな、ごぼごぼ不気味な鳴き声をあげるポケモンたちを大勢引き連れたポケドルなんて、考えただけでも嫌だ。
    考えた末、プラチナは譲歩することにした。
    「……じゃあ、あなた。 今日からあたしのポケモンよ。」
    かわいくないなら、かわいくすればいい。
    そう考え、プラチナは集団にいるグレッグルの1匹を指差す。
    その指の先にいたのがスペードだった。
    スペードは、自分が指差されることを知っていた。





    空を横切るように、一筋の光が流れていった。
    マイが顔を上げるのと同じタイミングでファスナーの開く高い音が波の音を打ち消していく。
    「マイ、見た見た? 今の流れ星!!」
    「おはよう、プラチナ。」
    「おはよー、マイ、今日もいい天気だね!」
    ガラスのような透明な青に染まる空に目を向け、プラチナは小さなテントから這い出してきた。
    港の端でもうすぐ役目を終える灯台がチラチラと頼りない光を灯している。
    その根元に、これから向かう街、ナギサシティの姿があった。
    昼前には着くだろうか、ぬくもりの残る毛布を畳みながらマイがそんなことを考えていると、プラチナは朝食の準備をしながら近くの茂みを横目で見た。
    「マイは早起きだね。 それに比べてスペードは……いーっつも朝になると変なところで寝てるんだから。」
    マイが茂みへと目を向けると、そこではトレーニングを終えたスペードがごぼごぼといびきをたてながら二度寝している姿があった。
    ぶつくさと文句を言うプラチナに何か言うべきかとも考えたが、マイが起きていたのと同じようにスペードが起きていたのもそれぞれの事情があってのことだろう、と、言うのを止める。
    「……少し、不思議。」
    マイがつぶやくと、プラチナは振り返って大きな目を瞬いた。
    プラチナに向かって首を横に振ると、マイは立ち上がり、朝食の準備を手伝い始めるのだった。
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